ブログ小説【call a name】06話

名前変換無しのブログ用王様連載【call a name】06話です。
隠してあるので読みたい方は「つづきを読む」で開いてください。

 

 

call a name 06

 

 

アテナと名付けてしまった女の子は、最近ずっと沈んだ顔をしていた。
最初はデュエルが楽しくて仕方が無いといった感じだったのに、
その楽しさは徐々に薄れて、デュエルをする度に苦しそうな表情になる。
何故だか分からないが、そんな顔されてデュエルをするのは俺まで苦しくなってくるんだ。
相棒は「好きな女の子が落ち込んでるのを見ると、こっちまで･･･」などと言うが、
そういうことじゃない。
俺は別にアテナのことを異性として、恋愛の意味で好きなわけじゃないから。
俺の知らない何かが背中を押す。
まるで、あの声が俺の背後に居るみたいで、
訳の分からない衝動が溢れてくるのだ。
あの声の主は3000年前の願いとか言っていたが、
もしかしたら、俺が記憶を取り戻せば解決するのだろうか？
記憶を取り戻したい気持ちはあるものの、
何か別の思いもよらない過去を知ってしまいそうで･･･。
俺はどうすればいいのだ。
目の前で落ち込んでいるアテナに手を差し伸べてしまったら、
未来が変わってしまいそうで･･･怖かった。
日も暮れてきて、そろそろアテナが帰ると腰を上げた。
店先で見送るのはいつものことで、またねと手を振るアテナ。
「アテナ」
「ん？」
いつもの様に手を振るアテナの手を、俺はつい掴んでしまった。
「な、何？」
何かに恐れているアテナの瞳が揺れる。
そんな顔を見たいわけじゃない、俺はアテナの本当の笑顔を見たいだけなのに。
どうして本当の笑顔を見せてくれないんだ、
いつになったら見せてくれるんだ。
「何か悩みがあるなら、俺が聞く。
　相棒でもいいし、城之内君だって、杏子だってきっと聞いてくれる。
　だから、一人で抱え込むな」
はっとして俺を見上げるアテナの目が見開かれ、それは瞬時に逸らされる。
ほらそうやって、俺達の真剣な思いを受け止めないのは何故なんだ。
「家まで送って行こう」
「え、一人で大丈夫だから」
「遠慮するな、夜道を一人で歩かせるのは危険だからな」
今まで送ってこなかったのは、周りに誰かが居たから恥ずかしくて言えなかったからだった。
本当はもっと前から、家まで送って行こうと思っていたのだ。
完全に日が落ちて居ないとは言え、暗くなる道は女の子にとって危険だろうし。
心の中で言い訳をしながら、俺は強引にアテナの掴んでいた手を引いて、
いつもアテナが歩いて行く道に一歩を踏み出す。
「一人でいいから」
掴んだ手がするりと抜けていく。
触れていたぬくもりが逃げて、代わりに掴んだのは冷たい空気。
「だが･･･」
言い掛け、口を噤む。
「色々ありがとう」
そこに笑顔は無い、悲しげな表情で視線を逸らしたまま、アテナは俺に背を向けて歩き出す。
違うのに。
本当は違うのに。
引き止めて、腕に閉じ込めて、名前を囁きたいのに。
俺は名前すら知らない。
本当の名前も、家も、笑顔も、知らない。
自分の名前すら、分からない。

 

後姿を見送りながら、俺は知らずに拳を握っていた。
やり場の無い切なさ、どこに持っていけばいいのか分からない感情。
そして胸の奥で燻ぶる熱い思い。
今の俺に、何ができるって言うんだ。
ただ彼女にデュエルやカードのことを教えるだけで、
それ以上の何かを教えたり知ったりすることはできない。
「そうか･･･」
何も語らないのは、きっと踏み込まれたくないからだ。
俺のことを知らないから何も語らないのだ。
知って欲しい、俺のデュエルを。
元々は相棒のカードだが、俺の選び抜いたカード達や、
戦術、デッキ、そして知識。
全てを彼女に知って欲しい。
それだけじゃない、誰にも答えが出せない俺だけの過去を･･･。
小さなことでもいい、何に笑い、何に悲しみ、何に屈辱を覚えるのか。
些細なことでいいから、彼女のことを知りたい。
本当の名前なんて、俺にだって無いんだから知らなくてもいい。
だから、彼女の本当の笑顔が見たいと思った。
それだけでいい、他に何も要らない。
もし明日アテナが来たら、俺のことを打ち明けよう。
アテナがどんなことを思い、反応するかは未知数だが･･･。
それでもいい。

 

もし嫌われたら･･･。　そこまで考えて、俺はアテナのことを好きなのだとようやく自覚した。

 

 

 

続く･･･