飛距離と角度
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call a name 04
目が覚める。
相棒が目を覚ますずっと前、時計を見たら明け方だった。
いつもと違う違和感を感じて相棒の眠るベッドから腰を上げ、
月明かりが無くなった窓を見上げる。
─── ・・・きて
誰だ・・・?
心の声だとすれば相棒だが、相棒は今熟睡している。
それに、この声は俺でも相棒でもない女性のものだった。
”まもなく目が覚めます、どうか、どうか・・・”
一体誰が目覚めると言うのだ、どっちにしたって俺には関係無い。
けれど、謎の声の言ったことに、俺は身体が強張った。
”3000年の長き眠りから目覚める、どうか、叶わなかった願いを・・・”
「3000年前の願い・・・だと?」
”叶わぬ願いは無い、そう言ってくれたのはあなたです・・・ファラオ・・・”
「・・・」
俺がファラオだとしても、3000年前の願いだろうと、俺にはどうすることもできない。
何故なら、俺には3000年前の記憶が無いのだから。
しかし、ぎゅっと締め付けられるこの感覚は、記憶に無くても本能として残っているのか、
俺の身体は苦しみの茨で縛り上げられるように苦しくなった。
身体に沁み込んだ本能、人間として当たり前の感情は記憶と関係無く存在すると言うのか。
つきりつきりと小さな棘が心に突き刺さる様に。
「クソ・・・!」
振り払いたくても術が無い、俺は苦しみの正体すら分からず、
どうすればいいなんて答えが見つかるはずもない。
知らずに滴る汗が額から落ちて、頬を伝った。
心の奥でぼんやりと、相棒の授業が終わるのを待つ。
これはいつものことで、別段苦でもない。
たまに入れ代わったり、カードの話をしたりするので退屈にもならない。
「あれ?」
学校からの帰り道、店兼自宅の前に一人の女の子が立っていて、
相棒が上げた声で俺も気付いて表に出て見た。
『?!』
「え? もう一人のボク、知り合いかなんか?」
『い、いや・・・』
何故だろう。
心の底から何かが溢れてくる。
見たことも無い女の子を見つめるだけで、有り得ないほど涙が零れそうになった。
『3000年もの長き眠りから目覚める・・・』
「え?」
ぽつりと呟いた俺の言葉を不思議に思って、相棒が俺を見上げるけれど。
俺は女の子から目を逸らすことはできなかった。
「・・・」
相棒は何を思ったのか、変な勘違いをして俺を表に押し出す。
「相棒・・・?」
(もう一人のボクはあーゆう女の子が好みなんだね~)
「ち、違う! そうじゃない!」
(そんなに否定しなくてもいいじゃん、ボク邪魔にならないように心の部屋に居るね)
勘違いをしたままの相棒が心の部屋に戻ってしまい、
今更相棒を引っ張り出すのもなんだかできそうな雰囲気ではなかった。
「・・・ったく」
溜め息を吐いて、俺は空を見上げている女の子に声を掛けた。
何故だろう、カードの話ししかしてないのに・・・。
目の前に居る女の子のことが気になって仕方ない。
異性に興味を持つとかそういう恋愛のことではなくて、
何て言えばいいんだろう・・・適切な言葉が見つからない。
見つめていたい衝動にかられるなんて今までに無いことで、
ガラにもなく慌てそうになる。
何もかも、原因はあの声のせいだろうと言うことは分かっていた。
俺のことをファラオと呼び、願いがどうのと押し付けた。
正体の見えない原因が俺を圧迫している感覚に陥る。
けれども、目の前の彼女を見ているとそれも和らいでいくから不思議だ。
もっと不思議なことは、彼女のデッキを一枚一枚見ている時だった。
知らない暖かみが心を覆っていくんだ。
名前を聞いても答えないのは、きっと俺が名乗っていないからなのだろう。
そう思って深くは聞かず、
名乗れないなら付けてしまえとばかりに彼女のデッキに入って居たアテナを取り出す。
「これからあんたはアテナだ」
驚いた様子の彼女、俺を見上げるその目に俺が写って居ることに少し嬉しくなった。
何故だか急に恥ずかしくなって視線を逸らしたが。
俺にも名前は無い、記憶も、歴史も、名残も、思い出も。
残っているのは魂と本能だけ。
だからって、クリボーは無いだろう?
名前を聞かれて少し戸惑ったが、相棒の名前を名乗っておいた。
「じゃあ武藤君!」
どうしてだろう。
その名前で呼ばれることに、少しだけ息苦しさを感じるなんて・・・。
語ろうとしない、聞こうとしない、そんな彼女の閉鎖的な心理を覗いてみたいなどと思った。
続く・・・